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  Curry de Yeah! Tokyo Midtown
   
  コラム
 
  前回までのあらすじ

「 NIRVANA (ニルヴァーナ) 」

この言葉を聞いてあなたは何を想像するだろうか。

解散したあと今もなお強烈な影響を与え続けるカート・コバーン率いる90年代の伝説のグランジロックバンド、ジェネレーションX世代のカリスマ「NIRVANA」。ほとんどの人がそれを思い浮べるであろう。もちろん私もその一人であり、それに異論はない。

しかし今回のCurry de Yeah でお届けする「NIRVANA」はその「NIRVANA」ではない。伝説という意味において両者は同じ存在ではあることは間違いないのだが、相容れないフィールドに位置している。

時をさかのぼること1970年。アメリカはニューヨーク。

まだ本格的なインド料理を味わえる店など皆無に等しかったこの国際都市に一人のインド人、シャムシャー・ワデュードが降り立った。彼の夢は母国のカリーの味をニューヨークに根付かせるという途方も無いもの。その大きな野望を実現するべく誕生させた店こそ、後に伝説となるNY初の本格インド料理レストラン、「NIRVANA NEW YORK」だった。

シャムシャー・ワデュードが本場インドから持ち込んだ伝統の味、その中心となったのはもちろん我々Curry Crew が日々追い求めて止まないマサラの香りが食欲を刺激する情熱的なカリー。それは当時のニューヨーカーたちの舌に全く新しい感覚と強烈なインパクトを与えた。

セントラルパークサウスに位置したそのお店に足を踏み入れた客は、眼前に広がる摩天楼のジュエリーボックスに酔いしれながら、幾重にも折り重なるマサラスパイスの香りと刺激を楽しみ、そこを「理想の境地」、「地上の天国」などと口々に絶賛した。その至福の空間はニューヨーカーのみならず、映画スターやミュージシャン、アーティストなどの多くの著名人にも愛され続け、ニューヨークにおいて「インド料理」というひとつのジャンルの形成に寄与するまでとなったが、2002年に惜しまれながらも閉店することになる。


それから5年後、猛暑の2007年 夏、Marは東京にいた。場所は六本木。

コンクリートジャングルに容赦なく突き刺す太陽光の照り返しに、微塵も動じないほどどっしりとそびえ立つ巨大なビルディング。

その周りには緑地があり美術館やオフィスやショップなどの数々の施設がある。それらが互いに共鳴しあうことにより、上質で新しいスタイルの都市空間が形成されている。

そう、ご存じ東京ミッドタウンだ。

  東京ミッドタウン   東京ミッドタウン

2007年3月、そこのガーデンテラス1階の奥に、そのレストランは甦えり、新たな伝説を刻み始めた。「NIRVANA NEW YORK」 が海を渡り、東京ミッドタウン内に復活をとげたのだ。


2000年にMarは一度ニューヨークを訪れていた。その時はあまりにもカリーに対する知識が乏しく、情けないことに「NIRVANA NEW YORK」 の存在すら知らなかった。従って当時の伝説は肌で感じていない。

しかし今は違う。世界のカリーにもきちんと目を向けている。インド、ニューヨーク、そして東京。歴史も文化もマサラの定義も違う3地点。インドを出発してから37年。ニューヨークでもまれ、ようやくたどり着いた東京でどんなカリーを見せてくれるのか。Curry Crew としては調査しないわけにはいかない。

Mar in 東京ミッドタウン  

はっきり行って東京ミッドタウンみたいなオサレ商業施設にはほとんど興味がないのだが、伝説のカリーのためならと熱い思いでのりこんだ。

今回私に同行してくれたのは、東京に住み始めてもう10年以上になる豚カツとラーメンには妥協を許さない美食研究家のブーマーさん(29)。もちろんカリーも大好物だ。

  ブーマーさん(29)
まい泉  

伝説のカリーを食べる前の腹ごなしとして、数時間前に表参道のとんかつの名店「まい泉」でとんかつを食してきたのだが、そこでもソースのかけ方から、大根おろしの使い方、ひいてはそこで使用されているパン粉に関するウンチクなど、細部にいたる深いこだわりと知識を披露してくれるほど自他共に認めるグルメの達人だ。

そのグルメさがたたって、一時期は豚のように肥えており、「ブーマー」というのもその時期に付けられた名前なのだが、近年では野菜ダイエットを採用したことによってスリム化にも成功し、いまやブートキャンプいらずのナイスガイへと変貌を遂げている。

そのブーマーさんの案内で東京ミッドタウン内を一路「NIRVANA NEW YORK」を目指して進む。

今回は着用義務のある「I Love Curry T-Shirt」を着ないことにした。理由は簡単だ。なんせここ東京ミッドタウンは日本を代表するオシャレさんたちやセレブリティたちが終結する場所。「I Love Curry T-Shirt」なんか着て歩いていたら指をさされて笑われてしまう。

リッツ・カールトン東京の入り口を横切り、ガーデンテラスへと入ると一番奥のほうに見えた。「NIRVANA NEW YORK」 だ。赤い外装のオープンキッチンがマサラスパイスの辛味をイメージさせる。

  NIRVANA NEW YORK2

「よし入ろう」。気合いをいれて入り口に進んだ矢先、イヤな予感がした。何やらお知らせボードに書かれてある。

「ただいまのお時間は、ご予約のお客様で満席になっております」。

どうやら貸切りのパーティーがあるようで、店内ではビュッフェの準備が進められていた。中からはほんのりとSmells Like Curry Spilit 。

  お知らせボード
落胆するMar  

上海の「得利」に引き続いてまただ。門前払い。ここまで来たのにどうして・・・

さすがは「NIRVANA」というだけあって、伝説のカリーを食べれないという事実を突きつけられた私は、ヘヴィなストレスを感じ退廃的な気持ちさえしてきたのだ。

がっかりと肩を落とす私にブーマーさんがかけた言葉は「DON'T MIND」ならぬ「NEVER MIND」。

「NIRVANA」はサンスクリット語で、涅槃(ねはん)を意味する。涅槃(ねはん)とは「悟り」を意味し、同時に「吹き消すこと」という意味もあることから、煩悩の火を吹き消した状態と解釈されることが多い。

つまり今私に求められていることは「伝説のカリーを食べたいという煩悩を吹き消すこと」。それが釈迦如来からの教えなのではなかろうか。「この悔しさを次につなげよ」ということだ。

ブーマーさんになだめられながら釈迦の教えを感じとった私は、すぐに行動に出た。インフォメーションカウンターに行って、他に東京ミッドタウン内でカリーをメインに出すお店がないかをたずねたのだ。するとカウンターの女性が自信たっぷりに我が物顔で言った。

「ございますよ」と。

どうやら地下1階にカリー専門店「DELHI(デリー)」があるらしい。「DELHI」はもともと上野にあるお店で、名前だけは聞いたことがあったのだがまだ食べたことはない。よくカリーフリークのブログに出てくる名店だ。

  DELHIの前のMar
ガネーシャ様  

早速下りて行ってみると、中くらいのガネーシャ様が出迎えるこじんまりとした綺麗なお店があった。

念のためにガイド本で詳しく調べたところ、昭和31年から約半世紀、目の回る勢いで変貌する東京で「変わらぬ味」をストイックに守り続けた老舗で、「カリーと言えばデリー」と半ばダジャレみたいな高評価を得ている歴史と実力を持ったお店だという。

客の入りは中途半端な時間ということもありまばら。席についてメニューを受け取る。

メニューを見るブーマーさん  

入念にメニューを確認するブーマーさん。オーダーするものについてはことさら気をつかい、そして妥協を許さない。

そういえば先ほどの表参道のとんかつ「まい泉」で注文した際にも、自分が注文した「ロースかつ膳」に、通常「黒豚和風おろしとんかつ膳」にしか付いてこない「特製ポン酢おろしだれ」を特別に付けてくれないかと、店員に対して熱心に交渉していた。

交渉は難航し、結果的に決裂したのだが、その様子から美食研究家ブーマーさんの食に対する深いこだわりと熱意を垣間見ることができた。

20食限定の「パワーランチ」というものに心惹かれながらも、ブーマーさんは結局「休日ランチセットA(タンドーリチキンランチ)」に決定したようだ。

私も同じく「休日のランチセットB(ベジタブルランチ)」に決定し、お好みのカリーにはそれぞれ、激辛の「カシミールカリー」と、トマトベースで海老が入っている「ベンガルカリー」を選択。

飲み物は二人ともマンゴーラッシーを注文した。

しばらくして料理が運ばれてくる。ライスの上にチャパティが一枚のっていて、脇にサラダが付いており、Aセットにはタンドーリチキン、Bセットには2種類の野菜料理がそれぞれのっている。

  ライスとタンドーリチキン

そしてカシミールカリーとベンガルカリーが別のお椀に入ってきた。

どちらもインドカリーの特徴であるサラサラとしたカリーだ。

  ベンガルカリー   カシミールカリー
チャパティをちぎるブーマーさん  

早速チャパティーをちぎってカシミールカリーに付けて口に運ぶブーマさん。

「美味い」。美食研究家のブーマーさんも納得の表情だ。

カリーを口に運ぶMar  

私も続いてベンガルカリーをライスにかけて食べる。トマトベースなのでほんのりと酸味を帯びてはいるがその向こう側からじんわりと甘味が口の中に広がる。たしかに美味い。

美食研究家のブーマーさん   たまねぎの漬物  

美食研究家のブーマーさんは引き続き、テーブルサイドに置かれている玉ねぎの漬物をライスの上にのせてカリーと一緒に食べている。

「この玉ねぎ一緒に食べるとマジうまいよMarちゃん」と嬉しそうに言いながらスプーンを口に運ぶ。

美食研究家のブーマーさん  

「このカシミールカリー、ほんと辛いわ」と口をフハフハさせながら貪り食う美食研究家のブーマーさん。

美食研究家のブーマーさん  

「ちょっとこっち食っていい?」と言ってベンガルカリーをかけて食べる美食研究家のブーマーさん。

「これトマトの味がするねー」と驚きの表情。

トマトベースなのだからあたりまえだ。

美食研究家のブーマーさん  

「この激辛のカリー食った後に、マンゴーラッシーの甘さがホント絶妙!」と叫びながら、何やら一人納得している美食研究家のブーマーさん。

美食研究家のブーマーさん  

ブーマーさんのテンションは加速度的に上がり、ベンガル、カシミール、ベンガル、カシミールと交互にカリーを口の中に放り込む。

美食研究家のブーマーさん  

最初は右手のみでカリーを操っていたが、ついには右手、左手、右手、左手と次々にそして無心にカリーを食べあさる美食研究家のブーマーさん。

美食研究家のブーマーさん  

私が何か話しかけても、「うん」と生返事するだけで、相変わらずムシャムシャとカリーを頬張る美食研究家のブーマーさん。

美食研究家のブーマーさん  

時折、当時の面影が甦ってくる美食研究家のブーマーさん。

美食研究家のブーマーさん  

何やら思い立ったのか、急に眉間にしわを寄せながら、タンドーリチキンとカリーを絡めて、ダイナミックにかつ大胆にカリーを口に入れる美食研究家のブーマーさん。

美食研究家のブーマーさん  

と思いきや冷静に、残ったチャパティーでベンガルカリーを巻いて食べる美食研究家のブーマーさん。

もはや私の問いかけには全く反応せず、自分だけの美食世界に入り込んでしまっている。

美食研究家のブーマーさん  

惜しむように綺麗にプレートの上に残ったカリーをすくって、最後の一口を楽しむ美食研究家のブーマーさん。

美食研究家のブーマーさん  

全部たいらげて会心のナマステをする美食研究家のブーマー。

さて、次はどこのカリー店に出撃しようか。。

 
  文 : Mar  
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